小原聖子のひとり言

スペインで過ごしたときのことやギターの事を思いつくままにつづる日記です

毎日練習に励んでいます。
しかし、爪が弱くて、どんどん削れて表面板に粉がたまります。筋肉も少し硬くなったかしら、。
色んな症状に逆らって私はギターを弾いています。

国際コンクールでお会いした荘村清志ちゃん78才福田進一さん70才完全に現役でバリバリひいてらっしゃいます
偉いですよねー


皆さんご注意下さい。
彼等は無理の無いとても良い弾き方をしてらっしゃるからですよ。
だから長く弾き続けられるのです。





今年の東京国際ギターコンクール、無事に終了致しました。このコンクールに関わって下さいました皆様に心よりお礼申し上げます。


今年も又実に勉強になりました。と共に色んな事が私なりに明らかになりました。
頑固おばあちゃんになったのでしょうか〜認める人、好きな演奏、ハッキリです。
去年も今年も聴衆🏆賞の方は、私の思いとは違いました。
あらぁ!そうなのねーと。


チェロの堀了介先生が今のご時世、皆の耳が変わっちゃって!とおっしゃってましたが私もそう思います。


ギタルラ社の青柳が、以前、それはギタリストのせいだと私に言っていましたが〜耳が痛かったです。



其れで私はこの年齢なのに、良い演奏をしようと
一生懸命練習している次第です。

630のギターは年取った時用と何本か作っていただきましたが、今は620のをつくっていただいてます。
私の手は子供の手のサイズですので。.615ぐらいが良いかなと製作家にいわれました。


それはさておき、コンクールで強い印象を持った2人のギタリスト。
ポルトガルとルーマニアのギタリスト。
ポルトガルの彼は自由自在なテクニックで大変魅力的なギターを聴かせてくれました。
音楽へ全身で没入し、それは実に豊かな世界で容赦なく惹きつけられました。
とても好きな演奏です。


次のルーマニアの彼はとても素晴らしい音楽性の人です。
然し身体の使い方が根本的に間違っています。
右肩があがり、上腕、下腕、手首を固めたまま、弾いていました。
課題曲は凡ゆる技術で弾かなくてはならなく、
固まった腕で其れをこなしている様子は痛々しい感じすらしました。
出てくる音も柔らかい手の人とは違います。

突出した音楽性の人なので、ここ迄くる事が出来たとおもいますが、この先いつ迄弾き続けられるのか〜と。

あんなに良い音楽性なのに、あまりにも勿体ないので、なるべく早く気付いて欲しいと心から願います。



楽器を弾く人はアスリートと同じです。
力ずくでは、やっていけません、
良い選手は皆んな自然体の柔らかい身体で勝負していますよね。



今回は随分とハッキリと自分の気持ちを書きました。
何かこの頃の風潮が危なっかしいので、年寄りの私が言っておきたいと思ったからです。
お気に障った方、ごめんなさい!!







来週に迫っているので焦って載せますね
ギターが大好きな生徒さん達!めちゃくちゃ頑張っています。町田駅直ぐの場所なので、ふらっとお寄り下さいな。聴くのにつかれたら近くにカフェや、呑み屋さんや色々あるので、休日をお楽しみくださいませ。お待ち致しております❣️

先程のニュース、飛び入り演奏で小川和隆さん、リトルクリーチャーズの青柳拓次が弾いてくれるそうで〜。

ギャッ! プログラムが第一部から順番に載っていませんでした。失礼しました。
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 50年以上前にに父の生徒だった人から、突然のメール!
素晴らしく才能溢れる人だったけれど、今はパリで違う仕事についていて、偶然にティボーガルシアと友達になったそう、日本に行くから、私や荘村清志ちゃんに会えたらいいなと〜。
私がベルギーでコンサートをした時に、来てくれ、其れから50年!
本当に嬉しかったです、




YouTubeで山田太一の脚本、武満徹さん音楽のドラマ、笠智衆さん、杉村春子、樹木希林出演、蓼科高原で撮影された「今朝の秋」

うちの側に山荘があって、お散歩の時に挨拶した、笠智衆さん、と小津安二郎さん、
ドラマで使われた家は小津さんの家でした。
その家はプール平に移築され無藝荘と名付けられ、今では見学可能になっています。

今ではヴィーナスラインと名付けられた道路、
その道路の昔の姿、細くて草花が沢山咲いていた道、
その道沿いに我が家があるもので、昔の姿が見れて嬉しかったです。

音楽は高橋さんというギタリストが弾いていて、、なんとも美しく、慰められる思い!




又YouTubeの話し。
スペイン語の勉強を始めたので、スペイン関係のものが次から次へと上がってきます。
「おじいさんの時代のスペイン」という題で昔のスペインが写し出されています。


又はエスパーニャ、デル、パサードかしら。


つまり、セゴビア先生、デ、ラ、マサ先生、イエペス先生の活躍した時代。
ギター屋さんに行けば
彼等が試し弾きしている姿があった時代。
タレガの家族が生きていた時代です。


その時代、の食べ物、様々な煮込み料理。
土で出来たエル、ボティホという水瓶で冷たい水や葡萄酒を回し飲みしていた時代、慣れないと顔にかかります。
お昼ご飯を食べにお昼になると一斉に帰宅し、少しお昼寝をし、又渋滞の中仕事場に戻り、夕方から仕事を再開する習慣も写し出されていました。


父から聞いた、
各家族から聖職者がひとりは出ている、大使になるには貴族でなければいけないらしい.時代。


フラメンコを観たりして、夜遊びをした時は、下宿していたアパートメントに入れなくなります。

その時には、セレーノと大きな声で呼ぶと、ヴォイ、ヴォィといって、沢山の家の鍵を預かったセレーノが鍵をガチャガチャいわせて、駆けつけてくれ、開けてくれました。

その時代のエル、セレーノ(夜警)は公務員でした。


私は、抜き足差し足で自分の部屋にかえります。


この頃教えて貰ったことば、
パン、イ、セボイヤ、コン、ティゴ

貴方とならば、パンと玉ねぎがあれば、いいわ。
どこまでも、ついてくわ、の意味、
コレを教えてもらったと言ったら、イエペス先生に大笑いされました。


バレエの会でフランコにも会いました。

夜中の12時にラジオでおやすみなさいの合図、
ヴィバ、エスパーニャ、ヴィバ、フランコ!とアナウンサーが絶叫した暗い時代の話、


しかし、しかし、其れは又スペインギターの華やかな、二度と来ない
貴重な黄金時代でもありました!!❣️IMG_20251104_160328
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上からアルカンヘルとマルセーロ、バルベロイホ
中はエルナンデス、イ、、アグアドのエルナンデスの家族と。下はマドリード音楽院の教授、ガブリエルの若い時、、ホセトマスの生徒でマヨルカでコンサートをした時にお世話になりました。

やっと涼しくなって普通の暮らしができるようになりましたね。


昨日は生まれて初めて秋刀魚を焼きました。
まぁ美味しかったこと。

しかし頭が付いた丸ごと一匹を食べるのは、何か
申し訳無い気持ちで頭を見ない様にしてたべました。
身を挺してくれているのですから〜只々感謝です。


少し余裕が出来たので、
今朝はお花の手入れをしました。
結局老後の楽しみは、母と同じく植物を育てること。
やりたい事は山程あるのにギターとの兼ね合いで実現出来ないのを、これからやり始めます。
がんばります!💪💪。

絵を描く、キャンピングカーでの旅、スペインへ行く。スペイン語、英語も、全部やりた〜い。

中林淳真先生のお母様は英美子さんとおっしゃる詩人で、85歳でマドリーへいらっしゃいました、
そしてプラサ、マヨールでボーイフレンドが出来たそう、何てすばらしい!


さて九月のイベントで色々思った事、書きますね。

20日は信州女神湖畔でのしなの屋さん、コンサート、これは前に書きました。

次の週はシニアコンクール。
此れは色々感想有りです。

毎年毎年お会いする方ばかり、これは同窓会のようで大きな楽しみです。
皆さま、健康でいらして、ずうーっと参加して下さいね。

細かいメモ書き紛失したので、大まかな感想になります。

この頃流行りの奏法の方々が増えていますね。

若い先生に師事している方が多いからかしら。

きちんと響く、実のある、空辣でない音が聴きたい!
結果的には良い音で弾いてくれる人が予選を通過します。

それと絶対に避けて欲しいこと。

左肘が無用に高い位置である。
右手首を引っ込めて力が入っている。

つまり体の使い方が違っています。


又、ギターレストは体の使い方が正しい人だけ用、
体幹が真っ直ぐ降りていれば大丈夫。
そうで無いときは、微妙に身体の何処かが無理をしています。
結果的に色んな歪を生みます。


若い人達は少々の無理はなんのその!です。
然し後にその無理がちゃんとでてきます。


其れから、一音一音ちゃんと押さえる、此れは舞台に出た時に、あがっても大丈夫なコツです。

一瞬一瞬、しっかり弦を押す、しっかりと音を出す、
この技術は心がこもった、充実した音を生み出す上、響きが美しい!
この習慣を持つと舞台の上で、いくらあがっても、手が震えたり、音がまともに出ないのを避ける事が出来るはず。
良い演奏ができますよ。



但し一瞬押すだけ、そのあとは浮かす、つまり脱力。
指先が痛くなるのは、押す時間がすこーし長過ぎるから〜これは要注意です。





コンクールの翌週は蓼科高原、ハートハウスで、青柳拓次のドキュメンタリー映画
「ひびきあうせかい」の上映とライブでした。

私は五曲彼と弾きました
この様に未だ演奏出来る
幸せ、有り難さが身に沁みました。

前と格段に違う事は、聴いて下さる皆さまの顔を見た途端に嬉しくなって、頬が緩んでしまうこと、ニコニコ顔になってしまう事でした。


この変化はなんなんでしょう?!
正にコラソン、アビエルト、でした。


多分歳をとって、人と人との温かい繋がりが、どんなにか、大切かということが分かったからでしょう。

これからも身体が健康な内は、生き生きした演奏をしたいものだと〜願っております。


このイベントの事は又書きます。
ではでは!

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