沖縄から音楽の道を選んだ孫娘がでてくる。

お父さんがCD制作中の為、私が預かる事になった。
おばあちゃんの役目はギターを教えること。
細野晴臣さんや渡辺香津美さんみたいに良い手でひけるように。

父からしたら4代目にあたる。
もう1人シンガーソングライターの孫息子がいるが、余りにも芸達者過ぎ、舞台に上がるのが好き過ぎて漫才かヨーヨーが音楽か〜

なんの道を選ぶが迷い中


安定した職業、食べられる仕事、
そっちでない方を選ぶ孫達
うーん、責任感じるな。
でも好きな道、やりたい事をとことん努力して生きていくのは悪くはない。

好きな道なら努力を厭わないし、頑張れるしね。


私は自分の子供達には、毎日少しでも前へ進む、進歩する仕事、
そして人様の役に立つ仕事をしてね、と言ってきたけど〜。

さてと、では私は?と反省!


次男の同級生は日本画家の森田曠平さんの孫、
このお家も皆んなアーティスト。

何代も何代も絵描きさん。パートナーとして彫刻家もいるけど、基本絵描きさん。

同級生の彼女は日本画家から転身して写真家になってロンドンで大活躍。

彼女と久しぶりにメールをやり取りした時に、懐かしくも
おばちゃまと呼んでくれた。


そうなのよねー、昔の女の子達の言葉遣いは、今の女の子達と違う言葉遣いだった気がする、

おばちゃま、おじちゃま、少し大人でおば様
おじ様、私も子供の頃はお父ちゃま、お母ちゃまといっていた。

少し大人になったら、気恥ずかしく
おとうま、おかあまと、呼び
スペインいってからは、父のことはパプチとよんでいた。

そういえば藤井風くんが、おとうちゃん、おかあちゃんと言っていたの、凄く良いなと思いました。岡山弁で話しているのもいいなぁ。



少女の頃に恐れ入ります、なんて普通に言っていたし、お友達は挨拶はごきげんよう、だった。
ヤバいとか、何のやつとか、絶対に口にできません。


其れで思い出したのはニース音楽院の先生だった伊藤亜子さんの日本語、武家の娘と思うぐらいにぶばっていて、丁寧な言葉で話された。


ロンドンの彼女も長い海外生活、
長く日本を離れた人々は昔の美しい日本語を話すのだなぁ!と。



私は異常に他の人の声音や話し方を覚えている。

イエペス先生、デラマサ先生、セゴビア先生、他の海外ギタリスト。

その他、日本の昔のギタリストの方達のも、よーく覚えていて、クイズでもあったら全問正解
間違いなし。


そしてその声、抑揚、耳に入ってくる全てが、
彼等の演奏と同じ、といつも思っています。


だから無神経な声は禁物、ちゃんとお話ししなくてはいけないなって思っております!