ギター文化館の池田館長からメールがはいりました。
文化館が閉鎖になり、シニアギターコンクールも開催されない旨の通知でした。
これは私には大きな衝撃でした!身体の半分がもぎ取られる様な、悲しみでした。


私は長い間、関わらせていただいたし、同志の様な気持ちもあり、又父の仲良し、マエストロ、マヌエル、カーノのコレクションもありで、本当に大切な、場所でした。
いずれ父の遺したギターもお預けしたいと考えていた矢先です。
なくなってしまうなんて、余りにも残念です。


池田館長がどんなに無念の思いをなさってらっしゃるかと思うと、何もしてあげられなくて、すみません、ごめんなさい、とお会いしたら言いたいです。


長い年月一生懸命働いて下さった
池田館長、ご主人である、くるみコーヒーのマスター、沢山のスタッフの方々、ボランティアで支えてくださった
皆様に心よりお礼を申し上げたいと思います。
本当に本当に有難う御座いました❣️❣️❣️









ここからは今書きかけの文章です。
途中で文化館からのメールが届きました。


良いギターは身を助く!
なんて書いちゃったけど〜
これで健康になるとか、お金が入ってきて生活が楽になるなんて事ではありません。

自分を触発させ、大きく成長させる、又自分を助けてくれるのは
良いギターです。と言いたかったのです。

私は父がギタリストだったので、産まれた時からギターを聴いて育ち、父は良いギターを手に入れる事をいとわなかったので初めから、素晴らしいギターが周りにありました。


その当時の慣例で6歳からギターを始める時には中出阪蔵さんが4分の3の子供用のギターを作って下さいました
日本で最初の子供用ギターです。

14歳でデビューリサイタルの時は、小ぶりであるという事でパノルモでひきました。

大人になってからは、家にある楽器を使い始めましたが、皆んなサイズが大きく、手の小さいわたしには苦労の種で、ギターを止めたいと思うところまで追い詰められました。

そして考えた末、、様々な国の名工達に小さいギターを作って頂くよう、直接お会いし頼み込み、
その甲斐あり、お陰でギターを続ける事が可能になりました。



感謝の思いを音にして残したいという気持ちで今おります。.
これらの楽器を使ったコンサートとCD製作が来年出来たら良いなぁ🙆🙆と練習に励んでいます。

本当ならギター文化館でやりたかったのです!





日本の製作家でいいますと、中出阪蔵さんが、大人になってから又、記念にと父と私に一本ずつ、普通サイズのギターを作って下さいました。

その頃は大人用の小さいギターなど考えられない時代でした。


その後何十年も経った後、、河野賢先生、松村雅亘さんが小さい素晴らしいギターを作ってくださいました。

そして今年7月に君島聡さんが620のギターを作って下さり、このところ、このギターで練習をする日々です。
、

続きは又。